はがき随筆:2009年年間賞に延岡市・柳田さん /宮崎

はがき随筆:2009年年間賞に延岡市・柳田さん /宮崎

 ◇文章の鮮明さ、思想的深みも
 1月から12月までの月間賞が決定しましたので、年間賞を発表いたします。

 月間賞の作品をずらりと並べてみますと、そのレベルの高さに感服いたさずにはおれません。どの作品を選んでも年間賞という名にふさわしいのですが、とにかく1編だけ選ばなければなりません。優劣つけがたい作品に差をつける辛さを押して何度も繰り返し読み、まず6作品を1次審査で選びました。月順に紹介しますと、2月の板谷麻生さん「がんより怖い」、4月逢坂鶴子さん「思い出せない」、6月永井ミツ子さん「母からの手紙」、7月前田宏さん「共存共栄」、8月蕪卓弥さん「祖父との思い出」、11月柳田慧子さん「山にきたれば」です。

 この中から永井さんと逢坂さんが3次審査に進めませんでした。

 永井さんの作品は胸の痛む母からの便りで、最後の1行は初めて読んだ時からずっと私の記憶に残っているすばらしいものでしたが、惜しむらく、母への思いと対照的に、作者が病気と向き会う場面の表現が描かれていないのです。文字数の制限がなければと残念です。

 逢坂さんの作品はみずみずしい感性豊かな自然表現が魅力ですが、「思い出そうと意地になって外に出た」理由や「空を見上げるとコード番号がすらすらと出てきた」理由が読者に分かりにくいのが難点です。

 最終審査に残った4作品は瑕瑾(かきん)がほとんどないので、感銘度の高さを中心に250字で表現する技巧なども含めて審査しました。

 その結果、年間賞は柳田さんの「山にきたれば」に輝きました。文章の鮮明さ、思想的深み、短歌を引用した手並みの新鮮さ、落ちのユーモアの鮮やかさなどが一つにまとまって年間賞にふさわしい作品になっています。

 柳田さんと最後まで大賞を競ったのは板谷さんの「がんより怖い」でした。素直で、とぼけた、憎めない、患者のAさんのぼやきの描写が実にいきいきとしていて、なんとも味があり、方言の巧みな使い方とあいまって抱腹絶倒した読者も多かったことでしょう。Aさんという素材に恵まれた感じが少しあってその差で次席ということになりました。

 蕪さんの「祖父との思い出」も感動的な作品でした。構成も実に巧みです。ただ、最後の「今度は遠くを見てぽつりと言った。数年前の8月のこと」がどこかかすかに違和感が残りました。「遠くを見てぽつり」や8月の終戦に後悔を重ねた描き方が技巧にすぎるのですね。「数年前」とかみ合っていないのです。

 前田さんの「共存共栄」は、その豪快な文章は特筆ものだけに野菜の味に触れていないのが残念でした。<興梠英樹(文芸誌「遍歴」同人)>

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 ■年間賞作品

 ◇山にきたれば−−延岡市野田町、柳田慧子(64)
 明日の予報は晴れ。いそいそと登山の準備をする私に息子が言った。「山以外に行きたい所はないと?」。いやぁ、行きたい所はあるのだが、今はなぜか山が呼んでいる。はるかな頂きに思いを定め、色づく樹林に踏み入るともう、世間よさらばだ。深まる秋の懐で、木漏れ日をくぐり、無になり、素になってザック、ザックと歩く。これがいい。夫と小さな食事を分けあい、光る風に吹かれて心に静かな時間を取り戻す。これもいいのだ。−−家にいてもの思うことの愚かさよ山に来たればよき日なりけり−−越智渓水

 息子や、行ってきます。