◆精神科医療。「病床半減」へ踏み出そう。 2010/09/05 読売新聞大阪本社朝刊・気流面「風の座標」

精神科医療。「病床半減」へ踏み出そう。
 編集委員・原昌平
 2010/09/05 読売新聞大阪本社朝刊・気流面「風の座標」

 大阪府枚方市に住む菅野(すがの)だりあさん(38)(筆名)は、15歳の
時に統合失調症になり、これまでに7回入院した。いまは幻聴の体験や患者の思
いを伝える活動とともに、府の退院促進事業のピアサポーター(仲間による支援)
をしている。精神科病院を訪れて長期入院の患者と語り合い、時には自分のアパー
トに招いて暮らしぶりを見てもらう。
 「一番の問題は患者自身の『あきらめ』。長くいると病院生活になじんでしま
い、この先、人生によいことがあると思っていない人が多い」
 日本の精神科医療には巨大な課題が積み残されている。約31万人にのぼる入
院患者だ。人口比でも絶対数でも世界一多いうえ、入院5年以上の患者が4割を
占めている。
 高度成長期に民間精神科病院のベッドをどんどん増やした結果、施設収容の医
療体制ができてしまい、在宅主体へ転換した諸外国とはかけ離れた状況が続いて
いるのだ。
 長い入院は、人生の貴重な時間を奪い去る人権侵害である。政府は2002年
末、精神保健福祉を地域中心へ変える方針を打ち出し、まず、治療上は入院の必
要性の薄い7万人余りの「社会的入院」を10年間で解消すると決めたのに、遅
々として進んでいない。
 なぜなのか。社会復帰の受け皿不足を挙げる病院経営者は多いが、それ以前に
「出す力」が足りないのではないか。精神病床の医師数は一般科の3分の1でよ
いという差別的な配置基準が残っている。しかも経営者はベッドが空けば埋めた
いと考えてしまう。
 イタリアは1978年から大改革を進めた。精神科病院そのものを廃止し、地
域精神保健サービスで支えている。
 日本でも、せめて「病床数を半分に減らし、スタッフの密度と診療報酬を倍に
する」という目標を掲げよう。本気でやれば10年で十分可能だ。
 様々な試みはある。福島県郡山市の「あさかホスピタル」は02年4月、10
2床あった分院を廃止して共同住居に変え、07年にはそれも閉鎖して患者は街
の中の共同住居やアパートなどに移った。本院でも03年秋から長期入院者向け
の講座を病棟内で開くなどして患者の意欲と力を高め、50人以上が退院した。
 京都、岡山、宮城などでは往診、訪問看護をはじめ多職種のチームで重症患者
の在宅生活を支えるACT(包括型地域生活支援プログラム)という取り組みが
行われている。
 病棟を地域移行の中間施設に転用しようなどと安易に考えてはいけない。名目
の数だけ減らしても生活の場が事実上、病院の管理下にあるのでは意味がない。
ハコを活用したいなら福祉工場など就労の場にしよう。
 菅野さんは「退院したら、いつ誰と会うのも、何を食べるのも自由。病院を出
ても生きていけるよ、きっといいことがあるよ、と入院中の仲間に伝えたい」と
話す。
 いま抜本改革に踏み出さないと、日本の精神科医療は大きな罪を重ねることに
なる。