子宮頸がん予防ワクチン:その有効性と安全性について

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子宮頸がん予防ワクチン:その有効性と安全性について
(その1/2:有効性について)

東京大学医科学研究所附属病院内科 湯地晃一郎
2010年8月12日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

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【はじめに】

最近、子宮頸がんがメディアで大きな話題となっています。先の参議院選挙では、子宮頸がん予防ワクチン接種と検診の無料化を公約に掲げた自民党三原じゅん子さんが当選しました[1]。公明党は予防ワクチン接種と検診への公費助成を盛り込んだ予防法案を与野党共同で提出することを検討しています[2]。さらに、長妻昭厚生労働大臣は子宮頸がんワクチン公費助成を来年度予算概算要求に盛り込むことを表明しました[3]。

子宮頸がんは予防ワクチン接種と定期検診を85%以上の女性に対して行った場合、ほぼ全女性で子宮頸がんの予防と早期発見が可能です[4]。しかしながら、世界標準となっている子宮頸がん対策の導入が、我が国では大きく遅れています。筆者は、母親が子宮がんで子宮全摘術を行ったことから、子宮頸がん予防のための活動を行って参りました。

本稿では、この子宮頸がん予防ワクチンについて、一般の方が持たれるであろう以下の疑問について解説します。

(1) 子宮頸がんにかかる危険性はどれくらいですか。
(2) 子宮頸がん予防ワクチンを打つことで副作用は生じるのでしょうか。
(3) 子宮頸がん予防ワクチンは病気を防ぐためにどれぐらい有効でしょうか。

(1) について
子宮頸がん原因ウイルス(HPV)に日本人女性が一生のうち一度でもかかる危険性はほぼ80%。このうち0.15%が1期以上の子宮頸がんを発症。日本人では年間15000人の新規患者発生、3500人が死亡。子宮頸がん罹患率は、100万人あたり140人。30-50歳の間では、100万人あたり400人を超える 。

(2) について
子宮頸がん予防ワクチンの安全性は高い。有害事象として、ワクチン接種部位の局所発赤・腫張・発熱などがよく認められるが、これは他の種類のワクチンと同様で、重篤なものは少なく一過性で回復するものがほとんど。ワクチン接種が直接的死因となった報告は乏しく、死亡リスクは1/100万-500万分の1以下と推定される。

(3) について
現在日本で使用されているワクチンは16・18型HPV感染を予防し、このHPV型関連の子宮頸部の前がん病変をほぼ100%抑える。効果が続く期間は現在時点で少なくとも6.4年継続することが確認済みで、恐らく20年以上継続すると推定されている。HPVに感染し、前がん病変ががん細胞になるには数年から十数年かかる。よって若年女性に対するワクチン接種により、現在最も子宮頸がん発症頻度の高い20-40代のがん発症の予防効果が期待され、妊娠・出産時期の女性の子宮を温存することができる。検診とワクチン接種の併用で、子宮頸がんの年間15000人発症、3500人死亡をほぼ0人にできる。

【若年女性で増加している子宮頸がん】

子宮頸がんは子宮の入口にできる癌です。日本では1年あたり15000人が罹り3500人が死亡すると推定されています[5]。日本での10万人当たりの発症率は14.1人です(世界平均は12.4人/10万人) 。問題は、ここ20年で日本の20-30歳代の女性患者数が倍増していることです[5, 6]。30代女性における人口10万人あたりがん罹患率の内訳では、子宮頸がんが55人と1位であり、2位の乳がんの30人を大きく引き離しています。出産・子育て世代の女性を襲う病気であることから、欧米では「マザーキラー」と呼ばれています。

【子宮頸がんの経過、症状】

子宮頸がんはがん化する前に、前がん病変として局所に留まることが知られています。前がん病変ががん細胞になるには数年から十数年かかり、進行は極めて緩徐です。このため早期発見し治療すれば高い治癒率が期待できます。例えば、がん細胞が表面の上皮内だけに留まる0期の患者さんの場合、5年生存率は、ほぼ100%です。しかし、がん細胞が骨盤を超えて広がったり、膀胱や直腸に浸潤したIV期では5年生存率が30%程度であるため治癒は難しく、たとえ治癒したとしても、手術の後遺症・心理的問題・性的問題などで悩む場合があります。

子宮頸がんの初期の場合、自覚症状は殆ど認められません。がんが進行すると、月経・それ以外の不正出血、性行為の際の出血、おりものの増加などの症状が出現します。

【発がんにウイルスが関与】

近年、子宮頸がんの発症にはヒトパピローマウイルス(human papillomavirus, HPV)の感染が原因であることが明らかになりました。1983年にドイツのHarald zur Hausen博士は子宮頸がん組織からHPV 16型、18型を分離し、その後の検証で子宮頸がんの99%がHPVと関連することが示されました。この功績で、zur Hausen博士は2008年にノーベル生理医学賞を受賞されています。

HPVには100種類以上の種類がありますが、子宮頸がんを引き起こす危険度の高いウイルスが15種類あります。さらにHPVは外陰癌、肛門癌、腟癌、陰茎癌、性器疣贅(ゆうぜい:尖圭コンジローマ)、口腔癌、咽頭癌などの原因ともいわれています[7, 8]。

日本人では67%の子宮頸がんとHPV16型、18型が関与していると報告されています[9]。現在日本では、HPV16型、18型に効果のある2価ワクチンが使用されており、その他の型にも効果のあるワクチンも開発されています(後述)。

ウイルスに感染した場合、90%以上の方でウイルスは免疫の力で自然に消えますが、一部のウイルス感染が長期間持続すると,前がん状態から子宮頸がんに移行します。子宮頸がんは、がん細胞が表面の上皮に留まっている上皮内がん(CISあるいはCIN3)と呼ばれるごく初期の病変の段階でも検診で発見されますが、ウイルス持続感染した方のうち軽度および中等度の前がん病変(CIN1〜2)まで進むのが約10分の1、高度の前がん病変(CIN3)まで進むのが、さらにその約3分の1とされています。つまり、CIN3をごく初期の子宮頸がんと考えると、そこまで進むのはウイルス持続感染者の約3.3パーセントです。そこから、1期以上の子宮頸がんに進む人は更に少なく、ウイルス感染者全体のうち0.15%です [10]。

0.15%という数字は極めて少ないと思われるかもしれません。しかしほとんどの日本人女性はHPVに感染します。日本人では80%の女性が一生のうちに感染すると推定されています。このため、1年あたり15000人の日本人女性が子宮頸がんに罹られるわけです。前述の三原じゅん子議員、仁科亜季子さん、森昌子さん、洞口依子さん、ZARD坂井泉水さん、宮川花子さん、向井亜紀さんなどが子宮頸がんに罹られたことを発表されておられます。

【早期発見には検診が重要】

子宮頸がんの早期発見にはまず、検診が重要です。これは、子宮の入り口を確認し、採取した細胞を顕微鏡で調べるものです。我が国では地域住民検診として2年に一度の子宮がん検診を受けることが20歳以上の女性に推奨されています。しかしながら日本の検診受診率は24%と、諸外国(米国85%,英国79%, 韓国57%)に比べ大幅に低いことが問題です [11]。日本で子宮頸がん患者が若年層に増えているのは、若い世代の人々が検診を受けていないからです。さらに、子宮頸がんのうち20%を占める腺がんは検診での早期発見が難しいことが知られています。子宮頸がんの初期症状は全くない場合が多いことから、定期的な検診受診が極めて重要です。

近年、検診に加えて、予防ワクチンを接種することで、子宮頸がんをほぼ完全に予防・早期発見することが可能となりました[4]。以下に詳述します。

【ワクチンの有効性について】

予防ワクチンは、子宮頸がんの原因であるヒトパピローマウイルス(HPV)感染を予防するものです。HPVは80%の女性が一生のうちに一度は感染する非常にありふれたウイルスですが、性交渉により感染することが多いです。よってワクチンは初の性交渉前に接種することが効果的だとされており、接種が推奨される年齢は11-14歳となっています。

このHPVに対するワクチンができました。現在のところ2種類ありますが、現在日本で承認発売されているものは16型、18型を抑える2価ワクチン(サーバリックス)です。もう1種類は、6型・11型・16型・18型を抑える4価ワクチン(ガーダシル)ですが、日本では承認待ちの状況です。本稿では日本で使用される2価ワクチンを中心に解説します(特記しない限り、2価ワクチンに関する記載とさせて頂きます)。

ワクチンの有効性ですが、HPV16型・18型によって生じる前がん病変をほぼ100%予防することが報告されています[12]。この論文では、ワクチン効果は6.4年継続することが示されています。この6.4年という数字ですが、接種開始されてから6.4年時点でのデータが解析されたためで、さらに長期のデータは今後解析され確認されていきます。したがって、長期の効果の継続期間は推測するしかありませんが、ワクチンによって得られた免疫状態(産生された中和抗体)の経時的経過からは、20年以上継続すると見積もられています[13]。ウイルス感染から発癌までの期間が長期にわたるため、ワクチン接種の効果については、これから検証が必要ですが、前癌病変が予防されれば、がんに進展することはない訳ですから、がん予防効果が期待されます。ちなみに感染から発症までの潜伏期間が短い尖圭コンジローマ(HPV6, 11型が原因)は、オーストラリアで4価ワクチンの接種開始後、急激に減少したことが報告されています[14]。

【世界と日本の承認販売状況、公費助成制度】

世界では、子宮頸がんの発症を抑えるためには、ワクチン接種と検診が非常に有効であるとされています。世界保健機構(WHO) 、ワクチン予防接種世界同盟(Global Alliance for Vaccines and Immunization: GAVI) 、世界対癌連合(UICC)をはじめ世界の多くの機関・団体がワクチンによる子宮頸癌の一次予防を、ランクの高い公衆衛生学的政策として推奨しています[15]。世界的には、ワクチン接種と検診で、子宮頸がんはほぼ予防・早期発見できる疾患とされています。しかしながら、我が国で取られている対策はこの世界標準から遅れていると言わざるを得ません。

2007年5月に2価ワクチンは豪州で発売されました(4価ワクチンは2006年米国)。しかしながら日本での発売は2009年12月、世界100ヶ国目という遅さでした。ワクチン導入が遅れたことに加えて、検診率が24%と諸外国に比べ大幅に低いことから、将来的に我が国だけが子宮頸がんが撲滅されず、子宮頸がんの発症率が諸外国に比べ高くなることが危惧されます。

さらには、費用の問題があります。子宮頸がん予防ワクチン接種費用の総額は3回分で約50000円であり、高額であることから、世界各国では26ヶ国以上で公費助成が行われています[16]。

しかしながら、我が国においては国の公費助成制度は存在しません。子宮頸がん予防ワクチンは任意接種の扱いになっています。法定接種ですと公費負担ですが、任意接種ですとワクチンを接種される方が費用を全額負担することになります。

一部の地方公共団体では、子宮頸がん予防ワクチンに対する独自の公費助成を行っていますが、その数は1747自治体のうち、152自治体(約9%)にすぎません(子宮頸がん予防ワクチン公費助成推進実行委員会調べ、2010年8月11日現在)。検診率が低いことも併せ、将来的に日本の子宮頸がん発症率において、大きな自治体間格差が生じることが懸念されます。
日本での公費助成の自治体間格差については、7/31付けの英国医学誌Lancetに掲載されています[17]。同じ号では英国の接種率、米国州別の助成制度・ワクチン費用負担額が論じられています。接種状況について日・米・英が比較して取り上げられており、子宮頸がん予防ワクチンが世界的に大きな注目を集めていることが窺えます。

子宮頸がん予防ワクチンの医療経済学効果ですが、12歳の女児全員に接種した場合、将来の治療費・がんの再検診費用及び労働損失などの間接費用を合わせると、社会全体に対し約190億円の削減となると推定されています。また、数式モデルによると12歳の女児全員に接種した場合、子宮頸がんの発生数を73.1%減少させます(12歳女児全員に36000円で接種、ワクチン接種費用総額を約210億円と推定) [18]。

【参考資料】
1. サンケイスポーツ 三原じゅん子参院議員、公約実現に意欲(2010/7/30) http://www.sanspo.com/shakai/news/100730/sha1007300504004-n1.htm
2. 子宮頸がんをゼロに 公明新聞(2010/7/28)
http://www.komei.or.jp/news/detail/20100728_2894 
3. 子宮頸がんワクチン公費助成、予算要求へ 厚労相(2010/8/5) http://www.asahi.com/health/news/TKY201008050083.html
4. Franceschi S et al, EUROGIN 2008 roadmap on cervical cancer prevention. Int J Cancer. 125: 2246-55, 2009.
5. 国立がんセンターがん対策情報センター、地域がん登録全国推計値 (地域がん登録による罹患全国推計の方法)人口動態統計(厚生労働省大臣官房統計情報部編) 2008年人口動態統計、より推計http://ganjoho.ncc.go.jp/professional/statistics/statistics.html
6. がんサポート情報センター 子宮頸がん http://www.gsic.jp/cancer/cc_07/vcc/index.html
7. Armstrong D et al, Infectious Diseases, Mosby; 8:6.3., 1999.
8. Munoz N et al. Epidemiologic Classification of Human Papillomavirus Types Associated with Cervical Cancer. NEJM 348:518-527, 2003.
9. Onuki M et al. Human papillomavirus infections among Japanese women: age-related prevalence and type-specific risk for cervical cancer. Cancer Sci. 100(7):1312-6, 2009.
10. 川名敬他:化学療法の領域 22(10):1521-1528,2006.
11. Garcia S et al. Members of the Health Care Quality Indicators (HCQI) Expert Group. Health care quality indicators project 2006 data collection update report. OECD Health Working Papers No 29; DELSA/HEA/WD/HWP. Paris: OECD, 2007.
12. Romanowski B et al. Sustained efficacy and immunogenicity of the human papillomavirus (HPV)-16/18 AS04-adjuvanted vaccine: analysis of a randomised placebo-controlled trial up to 6.4 years. Lancet. 374(9706):1975-85, 2009.
13. David MP et al, Long-term persistence of anti-HPV-16 and -18 24 antibodies induced by vaccination with the AS04-adjuvanted cervical 25 cancer vaccine: modeling of sustained antibody responses. Gynecol Oncol, 115(3 Suppl): S1-6, 2009.
14. Fairley CK et al, Sex Transm Infect. 85(7):499-502, 2009.
15. Human papillomavirus vaccines. WHO position paper. Wkly Epidemiol 40 Rec, 84(15):118-131, 2009.
16. 世界各国の子宮頸がん予防ワクチン公費助成状況. 子宮頸がん予防ワクチン公費助成推進実行委員会. http://hpv.umin.jp/img/fig1.jpg
17. Yuji K et al, Human papillomavirus vaccine coverage. Lancet 376:329-33, 2010.
18. 今野良他, 産婦人科治療 97(5): 530-542, 2008.

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