医療界が直面している困難 全国医師連盟代表 黒川衛 

医療界が直面している困難
全国医師連盟代表 黒川衛   2010年9月6日

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医療界が直面している困難が三つある。リーダーシップの問
題、医療界内部の異論、医療財源と配分の問題である。以下、
順を追って述べていきたい。


医療界のリーダーシップの問題だが、日本では、全員加盟制
の医師組織が無い。また、最大組織である日本医師会は、運営
実態として高年の開業医主体となっており、勤務医や若中年開
業医、病院、医学会の声が十分に反映できていない。私たち医
療者は、こうした声を結集し、真のリーダーシップをとりうる
協議体を作っていく必要がある。私たちはその実現のために「医
療再生フォーラム21」 http://iryousaisei.jp/index.html
を起ち上げた。この医療再生フォーラム21は、本田宏氏を筆頭
に、全医連代表、全国医師ユニオン代表の三人が発起人を務め、
呼びかけ人には、個人肩書きで、中医協委員三名も参加してい
る。

9/19(日)に、秋葉原ビジョンセンターで開催する第一回シンポ
ジウムには、医療界の著名人が集まる。全国の2000を超える病
院をそれぞれ傘下にまとめている日本病院会全日本病院協会
の会長お二方、そして全国の1000を超える自治体病院を統括す
自治体病院協議会の会長が、個人肩書きではあるが、ビデオ
メッセージなどを披露する。
医療界のオピニオンリーダーである小松秀樹先生、海野信也先
生、そして日本精神科病院協会の会長である山崎学先生、医師
出身の国会議員梅村聡先生、若手医学研究者の会のリーダー榎
木英介先生、医療制度研究会の中澤堅次先生、聖路加国際病院
福井次矢院長、岡山精神科医療センターの中島豊爾名誉院長
が参加する。また、中医協でも活躍された嘉山孝正先生の熱い
ビデオメッセージが披露されるなど、医療界の一大機運が生ま
れる予感である。
やや、宣伝めいたが、是非、読者の先生方の参加参集を求めた
い。 http://iryousaisei.jp/order.html


医療界内部にある異論の中で重要と思われることは、1混合
診療解禁問題、2医師数増員問題、3不適切な刑事訴追回避の
ための方策、4医師配置問題、5医療機関での労働基準法違反
放置の問題などである。こうした異論についても論議を深めて
いかねばならない。

1 混合診療解禁の問題は、新産業育成、先進医療への投資、
公的医療費見直しなどの観点から解禁圧力が強まっている。し
かし、この問題を国民に正しく判断していただくには、混合診
療解禁によって、公的医療費の配分、医療技術の普及、死亡分
布曲線がどのように変化すると予測されるのか、この点の論議
を深めなくてはならない。この三点の予測を秘した混合診療
禁の動きには、対抗しなければればならない。

2 医療需要の増加の中、医療レベルを維持するためには医師
数増員は必要である。我が国の人口あたり医師数は、先進国の
中でも、とりわけ低く、また病床数あたりの医療従事者数は
OECD平均の三分の一となっている。医師数に限らず、医療サ
ービスにおける人員不足は明らかである。しかし、医療費を抑
制し、労働基準法違反を放置し、訴訟リスクを軽減しないまま
医師数を増員させた場合、急性期医療から、医師が流出するこ
とになり、「医師確保」の解決にはならない。

3 医療事故の不適切な刑事訴追を回避するために、業過罪廃
止が日程に上らない世論状況では、刑事訴訟法改正により刑事
裁判に前置する調査委員会を創設しフィルタリング機能を持た
せるべきである。刑事訴訟法改正の実現には、患者家族への公
的救済制度を確立することが政治的条件となる。被害患者や患
者家族の持つ処罰感情と真相解明や事故防止といった公共の利
益のいずれを優先させるかは、この条件の下で国民に判断して
いただきたい。

4 医師配置の問題は、日本の医療は地域格差が少ないことに
おいて、先進国中一番優秀であるという実績を国民やメディア
に理解してもらった上で論議する必要がある。医師不足は地方
の問題だけでなく、3大都市圏でも深刻化している。拙速な政策
誘導で若年医師を地方に強制配置すれば解決する問題では無い。
限られた人材を効率よく教育できるシステムの構築を目指すべ
きである。医師育成機関に関して、既存の医育機関の問題点を
洗い、その運営改善、整備拡充をはかることを優先し、新設の
場合は、モデル育成機関となりうる条件を吟味すべきである。

5 医療界では、本来は時間外労働を行い得ない「宿日直勤務」
の医師に対して、過重な診療活動を強いる労働基準法違反が常
態化している。また『主治医制』と称して、医師個人に、常時
診療責任を強制している事が多い。特に公的病院においては、
医師のサービス残業と賃金未払いが放置されている。そのため、
医師の健康不安、更に医師の流出が続出している。過労による
立ち去りという悪循環を絶つためにも、こうした悪しき慣習を
医療界全体で改善する決意を示すべきである。


医療財源と配分について、少しだけ触れてみる。
消費税増税は消費税損税の発生する医療機関では痛打となる。
そもそも国税を何に優先的に使うべきか、納税が納税者の安心
に繋がるよう医療界は提案をすべきである。公的医療費の配分
を案分するに当たっては、政治主導で人件費と技術料に重みを
付けるとともに、公平、透明、簡素な決定システムに変更すべ
きである。
ざっと70年間で日本の平均余命は35歳近く延長した。未曾
有の高齢化社会となった日本に於いて、勤労者供給と国民総所
得の確保の国家戦略が必要になる。医療産業を、国民の健康福
祉に加えて、日本社会の活性化に資するよう、医学医療立国の
グランドデザインを提示しなければならない。医療財源確保の
ために必要な作業である。